萩原麻由子 自転車ロードレース選手 日本人初の快挙達成! ジロローザでステージ優勝をはたす!
萩原麻由子が2015年のジロローザ・第6ステージで、見事に優勝をはたしました。かつては、社員として働きながらレースに参加。ついには、ヨーロッパチームに移籍をはたし、日本人としてロードレースで世界に認められる存在にまでなりました。このページでは、萩原麻由子についての情報を掲載しています。
萩原麻由子(はぎわら まゆこ)
群馬県出身
168㎝/52kg
1986年10月16日生まれ
高等学校時の2004年に、アジア自転車競技選手権大会ジュニア部門で優勝をはたす。
2006年はジャパンカップサイクルロードレース2006、ドーハアジア大会で優勝をはたす。
2008年は全日本で優勝
2009年からは、株式会社あさひに所属して社員として販売、自転車組み立てを行いながら、レースにも参加を続ける。
6月には全日本の個人タイムトライアルで連覇。
10月のジャパンカップでは、2度目の優勝をはたす。
2010年は全日本選手権ロードレス優勝など国内2冠。
2011年には全日本4連覇と国内では無類の強さを発揮。
2012年は全日本選手権5連覇。
11月にはイギリスのプロチームWiggle-Honda Pro Cyclingに移籍をはたす。
2012年ロンドン五輪には日本代表として、女子ロードマススタートに参戦。決勝で棄権となった。
2013年のベルギーのChampionnat de Wallonieで優勝。
2015年にジロローザ優勝
ウィグル・ホンダに所属し、女性版ジロ・デ・イタリアとも言われるジロローザ第6ステージで単独優勝の快挙を達成した。 第6ステージは最も厳しいステージの一つで、トレシビオからモルベーニョまで102キロの距離で構成されている。
2級、1級、2級のカテゴリー山岳が設定されており、30度を超える日差しの中でのレースとなった。
荻原の仕事は、エースであるアボット(アメリカ)と、エリサ・ロンゴ・ボルギーニ(イタリア)の総合優勝をサポートすることである。しかし、調子が良い荻原に対して、ケッセル監督はチャンスがあればトライするようにと指示を出した。
荻原は集団から抜け出し、6人(のちに7人で)で逃げだした。この逃げた6人は追いつかれるものの、残り25キロで荻原が再び単独アタックを仕掛ける。
すると、集団と2分の差が付き、残り1キロとなっても、追いつかれることもなく、勝利を確信。向かい風の中でのきついレースだったが、24秒の差をつけて、優勝をはたした。
この優勝により、荻原は総合で7位につけた。
チームメイトからは、「新しい歴史を作った」「素晴らしいチャンピオン」と称賛の声があがった。
女子ロード界のグランツールであるジロ・ローザで、優勝した初めての日本人となった荻原。監督もまた、彼女の素晴らしいレースを賞賛。
「厳しいステージで序盤から逃げ続けることは非常に困難だが、世界に数人だけそれができる選手がいて、荻原もその一人だ」と絶賛したのである。
自転車レースはヨーロッパではメジャースポーツであり、快挙と言える勝利となった。
参考:cyclist
※ジロローザ公式