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やらなければならないのは、目の前にあることをただ一生懸命やること。たとえそれが自分の夢に直接には関係なさそうな事柄であったとしても、決して努力を惜しんではいけない。そして夢にたどり着いた時に実感するのは、自分に起こった出来事で意味のないこと、無駄なことなど何一つないということ。by市川亀治郎(カメ流より)

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テニス     8/28~全米オープン2017 出場選手、テレビ放送、昨年の成績

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テニス     ウエスタン&サザン・オープン2017 ドロー、組み合わせ表、試合結果

テニス     8/13~ウエスタン&サザン・オープン2017 出場選手、テレビ放送、昨年の成績

速報      甲子園・夏2017 組み合わせ・抽選会 トーナメント表、試合結果(高校野球)

高校野球    甲子園・夏2017 出場校・代表校 地方大会の決勝日程送

卓球      8/15~卓球女子 ブルガリア・オープン2017 試合結果、出場選手 石川、伊藤らが出場!

卓球      8/15~卓球男子 ブルガリア・オープン2017 試合結果、出場選手 松平、吉村ら参戦!

バドミントン  8/21~世界バドミントン選手権2017 トーナメント、組み合わせ、試合結果(女子シングルス)

バドミントン  8/21~世界バドミントン選手権2017 トーナメント、組み合わせ、試合結果(女子ダブルス)

バトミントン  2017年度の大会スケジュール・日程

ジャンプ    高梨沙羅 2017-2018シーズン スケジュール、結果、テレビ放送

ロシアW杯   ロシアW杯アジア最終予選 試合結果・出場国・組み合わせ・テレビ放送(抽選会についても掲載)

両親が語る錦織圭 テニスを辞めようとした時に、奮い立たせた言葉とは? 中学生~プロ

小学6年生になった錦織選手は、全国小学生大会をはじめ、その年代のタイトルをすべて獲得しました。
中学2年生になると、盛田ファンドの奨学金制度を利用して、アメリカに留学することになりました。
この時、父親の清志さんは松岡修造氏に相談しています。松岡氏は行けとも行くなとも言わなかったそうですが、決断の最後の後押しとなったようです。
留学を期に両親の元を離れ、アメリカのIMGアカデミーでテニスを学ぶことになった錦織選手。
そんな錦織選手の小学生時代のアドバイスをしていた清志さんが怒ったのは、あきらめた時だったといいます。練習中からあきらめてボールを追わなかった時には、口うるさく叱ったそうです。ひとつのボールをあきらめると、あきらめ癖がついてしまい、最終的に「あきらめた」ことさえわからなくなってしまう、そういう思いがあったからでした。だから、今も錦織選手は絶対あきらめないテニスをします。その証拠に、最終セットの勝率は歴代選手の中でもトップクラスの成績なのです。

   

アメリカに渡った錦織選手は最初、いじめというか、物を勝手に使われるというような嫌な経験をしました。また、英語の理解も乏しかったせいもあるかもしれませんが、アメリカ人を怖いと思っていたそうです。「外国人を疑う癖がついちゃってる」とも言っています。しかし、同じ日本人がいたため、だいぶ助けられたようです。
3年目になり頭角を現した錦織選手は、テニスが楽しくなったと語っています。この時のインタビューでは「トップ10に入りたい」と将来の目標を語っています。
そんな錦織選手でしたが、IMGアカデミーのテニスの強い友人が大学に進学することになった時は、プロになれるか大きな不安を抱いたと言います。その友人でさえプロになれないのに、自分は…と思ったのでしょう。
しかし、不安と戦いながら、2007年の10月にプロに転向したのです。

 18歳2ヵ月の若さでATPツアーを制したニュースは世界を駆け巡った

出典:http://sportiva.shueisha.co.jp/ 

プロに転向した翌年の2008年、錦織選手は大きな結果を出しました。2月のデルレイビーチで優勝したのです。この頃はランキング244位と伸び悩み、予選を突破しただけでもうれしいという時期でした。ですから、最後まで優勝できるとは思っていなかったようです。ウィナーズスピーチでは「テレビでしか見たことのない選手に勝てるなんて…信じられない」と率直すぎる言葉を語っています。この時、18歳と2か月。松岡修造が優勝して以来、16年ぶりの快挙でした。対戦相手のジェームズ・ブレーク(当時・ランキング12位)は「彼のジャンピング・フォアハンド(エアK)には悩まされた。ノバク・ジョコビッチのようだった」と語っています。

 

ただ、この時期は良いことばかりではなく、テニスをやめたいと思った時もあったと言います。
フレンチオープンでの予選敗退、ウィンブルドンでのけがによる棄権が連続して重なった時です。
この時ばかりは、両親に「テニスをやめたい」とメールをしています。その時、母親の恵里さんが返信してきたメールは、錦織選手を再び立ち直らせるきっかけになりました。このメールは、ある人物が過去に書いたものでした。

 

「いつでも だれでも ラッキーはくる」

 

この2008年はUSオープンでダビド・フェレールを破ってベスト16になった年でもありました。しかも、本選出場の選手が欠場したため出場できるという運もあった大会です。
そんな喜びも辛さも味わったのが錦織選手が飛躍するきっかけとなる2008年でした。錦織選手はテニスを続ける理由を、苦しい状況を乗り越えることが好きだからと分析しています。

 

出典:http://www.gettyimages.co.jp 

ちなみに、「いつでも だれでも ラッキーはくる」
この言葉を書いたのは、中学1年生の時の錦織圭選手でした。
相田みつをが好きな錦織選手は、色々と真似をしたり、自作の言葉を紙に書いていたのです。書いた言葉はすぐにゴミ箱に捨てていたそうですが、両親が良い言葉だからと取っていたのです。
清志さんは辞めたいと錦織選手がメールしてきた時に「答えは自分の中にあるはずだから、圭が過去に心のよりどころにした言葉を送った」と語っています。
錦織選手は中学生の時、未来の自分に当てたメッセージを書いていたわけです。
参考文献

翔べ! 錦織圭 両親が語った、「エアK」の軌跡